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2003.10.05

日本中国学会シンポ備考

日本中国学会第55回大会のシンポジウム「道教と中国文学」を聞いてきました。報告の御三人のうち、赤井せんせい、大木せんせいがこれまでの研究方法を踏襲されてるのに対し、土屋せんせいはそれを土台からひっくりかえすような方法を提示されていました。問題意識の落差が如実に出ている、と感じました。
コメンテーターの小南せんせいは、宗教と文学の問題を、神秘体験や宗教生活の文学活動への影響としてまとめられていました。


二階堂せんせいのコメント
明清期の文学において注目すべきは、西遊記と封神演義で、この二者は流行の結果逆に宗教の方へ逆に影響を与えることになった、というものでした。大木せんせいへのつっこみですね。
森せんせいのコメント
聖と俗の区別が道教において曖昧なのは、儀礼や制度の違いにある。キリスト教のような聖を一元管理する宗教では聖俗分明だけれども、道教や中国仏教は頓悟などの発想にもみえるよう分散されて管理伝承される傾向にあったので、区分が曖昧になる。だから土屋報告のように個別具体的に議論していくのが有効であるというものでした。無理目にまとめようとした小南せんせいへのつっこみだと受け取りました。

その他のやりとりは、ええと、なかったことにします。ははは。

以下、個人的に今後調べなくてはいけないことをメモしておきます。

1.土屋せんせいの報告
日月の精気を吸う修行法の説明に「明珠」が使われていたこと。
『~玉検五老宝経』
神塚論文、加藤論文を要参照?

2.大木せんせいの報告
明の道士張宇初は当時詩人としても有名。
※銭謙益『列朝詩集』閏集
張宇初は『度人経』の錬金術的解釈の系譜に連なる。
蜂屋邦夫せんせいの著作を要参照?

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