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2003.10.04

中国哲学と文化経済

大学研究において、自然科学、社会科学には予算を割くとしても、人文科学へはその意義を積極的に認めない時代になったようです。「初学の基礎は哲学にあり」と井上円了は言われましたが、哲学それ自体が現代では社会的な価値を大きく減じてしまいました。実際、思想の言葉として力を持っているのは、東浩紀さんが指摘してるように、哲学(現代思想)ではなく、社会科学(社会学、人類学、経済学など)の言葉だったりします、中国哲学はなおさらで、自らの学問の存亡の危機を憂いている学者も少なくありません。

まっとうな対処としては、中国哲学に現代的な価値を付与すべく、新たな方法を模索するということになるでしょう。たとえば、地域研究として今後ますます重要な隣国になる中国への理解を深めることのメリットを強調する、といったような。
ただここで考えてみたらどうかと思うのは、最近流行している文化経済の視点から中国哲学を価値づけるというやり方です。この立場からプレゼンすれば、古典研究、文献研究自体が価値を持ち得ます。そうなると期せずして、伝統文化としての漢学の継承という発想が、かえって意義をもつようになるかもしれません。
文化経済学入門-創造性の探求から都市再生まで』あたりでちょっと勉強してみようかと思っています。

東さんの指摘、というより嘆き、は集英社新書の笠井潔さんとの書簡集『動物化する世界の中で―全共闘以降の日本、ポストモダン以降の批評』の中で言われたことです。議論は公平に見て、笠井さんの方が筋が通っていると思います。僕は古典研究をやってるので、余計にそう思うのでしょう。ただ気持ち的には東さんに共感してしまいます。世代の差なのかしら。

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