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2004.06.14

文字情報処理シンポ報告(1)

6月9日にあった花園大学のシンポ、行けるかどうか悩んでいたのですが、無事有休とって行って来ました。シンポの内容はそのうち公刊されるそうですが、せっかくなので、現時点の雑感をメモしておきます。もろさんのブログにあわせて三回構成で。

さて、まず過去パート。

師茂樹(花園大学)「思想史としての文字情報処理: 問題提起として」
文字コード、特にUnicodeをとりあげて、その基本理念に、(抽象的な意味というかイデアを文字の本質として考える)本質主義と音声言語中心主義があることを指摘し、「西洋哲学の伝統(およびそれに対するデリダらの批判)をからめつつ」、そこにはらまれる問題を指摘したもので、文字コード談義の中では、もろさん自身がこれまで何回か論じてきたぐらいで、あまり問題視されてはこなかったと思います。
技術系の人、後半の発表を担当されている、現場の人たちからは、「自分たちの関わってきた問題が人文学の立場からそのように解釈できるのか」といったような感慨があり、非常に好意的な評価でした。他方、人文系からは(といっても、口を開いたのは生物学のせんせでしたが)、寄っているところの東浩紀のデリダの解釈が違うし、そもそもデリダを使うのはいかがなものか、エーコの方か、むしろもろさんが専門の仏教学からのコメントの方がよくないかといった批判がありました。
僕自身はデリダのことをちゃんと勉強していないので、批判の是非はわかりませんが、もろさん自身が人文学の問題として文字コードを扱うために戦略的にデリダを使っているという応答があったことをふまえれば、人文系の側でデリダに(もっといえば東浩紀に)好意的でない人間がどうも一定数いるようであることをふまえずこうした事態が招いてしまったという事実が、もろさんの議論の失敗ということになるでしょう。人文学の外からみれば、派閥的な問題でしかない(東理解が本当に間違ってるのか?と問い返したら解釈をめぐる論争になちゃう)、些末な問題ですが、背中から撃たれるのは嫌なものです。このへんは、電子テキスト論をさかのぼるとデリダとか使ってるんで、研究史をくっつけて、批判の矛先をかわすという基本的な作業を行っていれば回避できるでしょう。もちろん、もろさんはふまえたうえでの議論だったのでしょうが、明示されなければ範囲外の相手には届かない。そのうえで、漢字方面の文字学の議論を展開すれば盤石でしょう。うーん、このへんは中国哲学を専門にしている人間がやればいい話か(僕だ!)。

続く。。。

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