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2004.10.31

フランス人かイタリア人か

昨日は道文研の例会があって、いつものように懇親会で飲んでいたのでした。話題の一つが道仏交渉になって、よく言われている、一般庶民は道仏をほとんど同一視していて、知識人は両者を区別したいた、といった切り分けがどこまで有効かという話になりました。酔っ払っていたときの定かではない記憶を再構成したところでは、知識人の言説ではっきり区別されてるのは、彼らに知識や表現力が豊富にあったからで、背景となっている信仰世界に違いはないんじゃないのか、といったような話があったような。仙も仏もこっちからあっちの世界に逝っちゃった方々なので、どっちか片方の実在を信じて、どっちか片方は信じないというのは、むしろ不自然に思えるわけです。

フランス人とイタリア人について、日本人から見るとおおざっぱには西洋人という了解はできるけど、フランスらしいとかイタリアらしいとかを判定するにはそれなりの知識が必要になる、ということかなと。ようするに違いを分かっていても、彼らが同じ西洋人であることに異論はないはず、なんですね。

もちろん腑分けもなしに突き進むと混乱するので、方法上区別するというのはアリな選択です。ただ、人はついつい便宜上引かれた国境を実体視してしまうのでしょう。

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