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2004.11.28

中国国宝展

中国国宝展に最終日駆け込みでようやく行ってきました。お客さんむちゃくちゃ多くて見るのたいへんでした。でも、なーんだか、しょぼかったです。もっといいやつないの?といった感じで。これまでに来てないものの中から選んだんでしょうけど、おおっと思ったのは5点もなかったような。出し惜しみしてるんでしょうか。
個人的には舎利のところが見たかったわけですが、これもあまり参考になりませんでした。奈良博であった舎利オンリーの展覧会のときの補足になるかなと思って、図録は買いました。前に先行研究として引用できるんだよ、と教わったことがあるので念のため。

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2004.11.27

台湾における日本漢文学研究の現状と課題

二松学舎大学のCOEプログラムの公開講演会に行ってきました。講演者の台湾大学の徐興慶さんには、仕事でお世話になってるし、講演内容にも興味があったもので。
講演内容は、漢学研究中心と中研院の文哲所と台湾大学の東亜文明研究プロジェクトの経緯と業績の紹介でした。台湾大のプロジェクトは台湾初の人文社会学系COEプロジェクトだそうで、方針としてはプロジェクトリーダーの黄俊傑さんの立場が強く反映されているのか、儒学の現代化や思想史としての儒学研究が強く意識されているようです。このあたり必ずしも台湾の学界の主流ではないはずですが、日本に比べて乖離しているわけでもない、と思われます。

徐さんの提言は、日本での中国学研究に対しても言える課題で、いろいろと考えなくてはいけないかと思います。特に興味深いトピックは、
・儒学キャンプの実施
・日本漢学に明治以降の漢学者を含める点
でした。どちらも現代を生きる学者としての「当事者意識」が感じられます。
まず前者については、一般や大学生向けに泊まり込みで、専門的でない儒学の講義を行うという企画です。何と費用は主催者側持ち。これ盛況だったそうです。日本の大学ではエクステンションセンター(生涯学習センター)でこれに相当することをやっているとは思いますが、しかし研究プロジェクトの中に位置づけてやっているものはたぶんないんじゃないかと思います。公開講座やシンポジウムよりももっと身近な立ち位置で行うというのは、哲学の実践としては理想的でないかと。

後者については、ディシプリンとして、僕たち現代の中国学者を江戸漢学から連続している学問伝統の後裔にあると位置づけていることに意味があります。これは彼ら自身が経学を継承する学者であることをどこかで自覚していることの裏返しではないかと思われます。さすが「伝統の創造」を自覚して行っている訳で、僕自身はこうした姿勢を最近特に重要だと思っています。なぜなら僕たちが近代学術しかしなかったら、漢学の学問伝統は絶えてしまうのではないでしょうか。もちろん、伝統芸能よろしく専門家たちの外で継承されていくことはあるでしょう(本来「芸」であったという話もできるし)。しかし「知」に関わる伝統を自ら切り離して論じる学者って、どうにもいびつに思えます。また無自覚に先学の反復をしているだけでは縮小再生産になって遠からず消滅してしまうでしょうから、あくまで自覚的に伝統を「創造」していく必要があると考えます。うーん、難しい。

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2004.11.26

ムーミンで分かる中国哲学ってどうだろう?

MSN-Mainichi INTERACTIVEの記事で東洋大のミスコンを紹介してましたが、注目したいのは、

受験生を対象にした今年度の「大学案内パンフレット人気ランキング」(大学通信調べ)で1位に選ばれた東洋大学。パンフキャラクターにムーミンを起用し、建学の精神である「哲学」を明るいイメージで表現しているのが評価された。
というところでしょうか。うーん、やっぱムーミン強いなあ。
『クマのプーさんの「のんびり」タオ』(amazon, bk1)みたいな道家思想の解説本もありますし、ここはいっちょ、『スナフキン先生の中国哲学講座』とかなんとか、できないもんでしょうか、とまた妄想をたくましくしてしまうのでした。

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2004.11.25

カレーうどん『千吉』

最近、カレーうどん専門店なるものを時折見かけるようになって、気にはなってたんですが、前から気になっていたうちの一軒『カレーうどん千吉』に行ってきました。渋谷道玄坂店に行きましたが、他にも自由が丘店ともう一店舗あるようです。渋谷店の場所は、マークシティの道玄坂側の出口を出て、109がある側に信号渡って道玄坂を少しのぼったところです。
カレーうどんはとろとろ系、気がついたら増殖していた古奈屋のと同じタイプですが、値段はずっと安く、小ライスがデフォルトでついて680円。麺を食べ終わってからごはんをとろとろのカレースープと混ぜて食べるという、一粒で二度おいしい世界です。他にチーズやらガーリックやらとトッピングでメニューに違いを出しています。

住所:渋谷区丸山町5-2
電話:03-5459-2184
営業:11:00-23:00

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2004.11.24

小谷野敦『評論家入門』

小谷野さんの書き下ろし、『評論家入門』(amazon, bk1)を読みました。相変わらずの恨み節芸ですが、東大で院生んときに本を出せるように先生が差配してくれんのか、うらやましいというのが第一の感想です。
それはさておき、小谷野さんの博識のおかげで学べるところは多いわけで、ちょうど自分の気になったところがあったので、以下に引用しておきます。最近、気になった文章がどの本にあったかすら忘れちゃうし、メモではなくしちゃってるので。海馬の出来が悪いんでしょうねえ。そうそう、引用箇所。柄谷行人さんの批判のところで、小谷野さんは漢文学の問題をとりあげ、

「漢文学」にいう「文学」だが、近世以前の「文学」とは、漢詩をはじめとして、漢文で書かれた歴史、倫理の書、すなわち四書五経やその他の人文学的な書物いっさいを指していた。……つまり「小説」や「詩」が「文学」だということに漱石は戸惑ったのである。そのことは、一九七五年に小堀桂一郎が「『文学』といふ名称」という論文で書いているし(『明治文学全集七九 明治期文学・芸術論集』月報、筑摩書房)、柄谷はこれを読んでいたのだろう。
と述べています(p.108)。おお、きちんとした論文があるんですね。φ(..)メモメモ。

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2004.11.23

東方学デジタル図書館

京大人文研附属漢字情報研究センターにいつのまにか東方學デジタル圖書館というページができていて、『十三経注疏』をはじめ善本(以外のものもあるけど)15点ばかりの画像データが無造作にぼんと置かれています。同事業の説明から各善本の書誌まで、まるでありません。試験的に置いてるんでしょうか。ログを拝見すると今年の8月に設置されたようですが。太っ腹でうれしいし、どんどんやってーと思うんですが、もう少し説明欲しいです。

---11/24:追記---
漢情研で教えてもらいました。2003年10月に公開されているんですね。また、どのくらい貴重かについての解説も別のところにあります。

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2004.11.21

中国宗教文献研究国際シンポジウム其の2

中國宗教文獻研究國際シンポジウムを聴きに行ってました。今日は電脳パート。
午前の恵敏さん、師さん、ウィッテルンさんはもはやおなじみ。恵敏報告のCBReaderに見られるような、ユーザビリティの重視は、日本の研究機関系デジタルアーカイブの大きな課題に思われます。師さんの人文学の方法それ自体への挑戦は、身内贔屓でなく、他の発表より一歩先を見据えた議論で、実に刺激的だったわけですが、そもそも電脳研究が既存研究より一歩先に出ているので、聴衆の理解はあまり得られなかったようです。過ぎたるは及ばざるがごとし、とはいえ、なんだかなあ。反応にぶかったのがかなしい。ウィッテルンさんの発表は昔から提言されてたことについて、いよいよ実行に移しつつありますよ、というお話。唐代ナリッジデータベース、どーするどーなる。
午後の発表は、まだまだこれから、といった程度。数年前なら感動できたのですが。アーノルドさんのは興味がなかったのであまり聞いてませんでした。プレガディオさんは、この分野第一人者の一人(もう一人は麥谷せんせいです)ですが、内容としては、道教研究のこの分野での遅れを痛感せざるをえないものでした。もちろん発表の問題ではなく、業界自体の問題です。少しは手伝えれば、と思っています。

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2004.11.20

中国宗教文献研究国際シンポジウム其の1

京都大學人文科學研究所創立75周年記念『中國宗教文獻研究國際シンポジウム』を聴きに行ってきました。今日は道教パートで、会場には知ってる業界有名人がちらほらと。んで、おなじみのバトルもちらほらと。余計なことを書いて、また難癖つけられるおしかりをうけるのも嫌なので詳しいことはなし。
電脳中国学的観点からは、麥谷せんせいの発表が非常に参考になりました。さすが人文情報学を地で行かれてる達人研究者です。目下、努力目標にしている先生のお一人ですが、ああ、途は遠い。

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2004.11.19

イタリアン『カフェショコラ』

有休をもらって、朝から京都に来ました。学会は明日朝イチからが僕にとっては聞きたい内容なんですが、仕事外の仕事もあり、早めに行くことに。おかげで普通とはひと味違う観光ルートを案内してもらえました。東寺→豊国神社→人文研東方部→下賀茂神社です。目の前にどかんとある寺社仏閣に惑わされず、ある特定の時代を設定したり、下に埋まっているものを想像したりと、テーマを決めて回らないと京都観光は混乱しますよ、と教えていただく。いろいろおもしろい話も聞けました。
下賀茂神社の十二支の祠は、配置が左右対称でないわ、並ぶ順序もきちんと時計回りでないわで、不思議でした。ちゃんとした研究あるのか知らないですが、何か理由があるんでしょう。祠の数が7つだったので北斗かなとも思ったのですが、形のバランスよくないし。

さて、本日メインの予定、夕食は三条御幸町の旧毎日新聞社ビルにある『カフェショコラ』三条店でイタリアンでした。1928ビルとの名前の通り、1928年に建てられたもので、レトロな雰囲気が実によかったです。文化経済的街並み保存ってやつですね。このあたりは明治大正からの洋風建築が残っていて、再利用もけっこうされてるみたいですね。京都というと古い寺社仏閣や町屋という印象が強いんですが、こっちもなかなかいーかんじかも。昼間にまた散歩したいです。
ごはんもお酒もおいしく幸せでした。ちなみに話題は中国四川省の道教事情が中心だったりしたわけですが、なんでなのかはまだ秘密。

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2004.11.18

ソフトクリーム『ベビーヨーグルト』

新橋から銀座まで歩いていて偶然見つけた『ベビーヨーグルト』に入ってみました。子供っぽいポップな外観で、おもちゃ屋さんかと思いましたが、ヨーグルトベースのソフトクリーム「ヨゴリーノ」専門店でした。うむうむ、アイスクリーム・ジャンキーの感度はなかなか良好です。味はなつかしい甘酸っぱさがあって、駄菓子のヨーグルを彷彿とさせます。といってもこっちの方がはるかにおいしいです。。。当たり前か。ホンモノのヨーグルトで作ってるんですもんね、こっちは。
メニュー構成は、ヨゴリーノを頼んで、それにトッピングを注文するというスタイルで、ジェラートみたくアイスクリームの方で味に差をつけるのではないようです。トッピングは10以上あって悩ましかったですが、ジャンドゥーヤと、サービスでメレンゲを小さくくだいたのをかけてもらいました。おいしかったです。

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2004.11.17

中国哲学がNGなら中国文学もNGでないの?

最近思い直して、意図的に「中国哲学」という言葉を使ったりしています。

中国「哲学」じゃない、中国思想だという考え方は一般的になりつつあるようです。
曰く、中国には「哲学」がない、なぜなら「哲学」という言葉自体が明治の日本で造られたことからも明かなように、それはヨーロッパに特殊の知のあり方だからだ、こうした近代的な陥穽を回避して幅広い中国固有の知的状況を明らかにする実践的な研究をしなくてはいけない、だから中国「思想」なのである云々。
philosophyでなく、history of ideas つまり思想史研究なのだというわけです。確かにこれはこれでもっともです。僕もやっている道教研究も思想史研究になるでしょう。
しかしどうにもポスモダちっくなこういう考え方には、表明されている態度とは別の要素があるのではないか、最近そう考えるようになったのです。
実際のところは、東浩紀さんが言うようにここ10年20年の状況で、哲学以外の社会学や人類学や経済学が「思想」としての発言力を持つようになってきたので、そうしたいくつかの学をとりまとめて「思想」といった方が現実にあってるから、なんでしょう。中国哲学業界についても、台湾の学界でも、やはり最近は「思想」という言葉を使っていますし、これは日本に固有の問題というわけではないです。

しかし、ともう一歩踏み込んで考えてみましょう。例えば、じゃあどうして中国文学はOKなんでしょう?とか。「文学」という言葉自体は確かに歴史があって、それこそ『論語』とかにたどれますが、その本来の指し示す範囲は人文諸科学全般に近いものがあります。だから文学部という呼称があるわけで。
だから、中国「文学」というとき、その「文学」は、「哲学」と同様に明治にLiteratureの訳として造られた言葉ですよね。中国「哲学」を「思想」だというのであれば、中国「文学」は「文芸」でなくてはならないのではないか、そう思います。
してみると、思想か哲学といった問題は表向きの議論であって、実は他に本音があるんじゃないか、そう思えてきます。だって、今の文学研究の中には、映画や演劇も入ってます。そのように意味するところが書き換えられてよいのなら、哲学の意味するところを書き換えても不都合はなかったはずです。

考えてみるに、哲学と文学には、アカデミズムにおける研究としての意味と、実社会における実践としての意味とがあります。批判はされたことがあるとはいえ、現代においては、文学研究者に実践、たとえば小説を書くことは社会責任として求められません。しかし、哲学は文学ほどには明快に分離されず、哲学の研究と実践とはしばしば混同され、アカデミズムであっても実践していることが求められがちと言えるでしょう。
で、中国哲学はというと、すでに誰かしら指摘しているように、研究者たちは戦後実践することを放棄して、実証的な歴史研究それのみでよしとするような政治的態度を取る方が大勢になったという経緯があります。だから実際のところは、「哲学」という言葉が重荷なんじゃないか、研究だけですませてしまいたい、とどこかで思ってるんじゃないでしょうか。西洋哲学のほうで、実態がどうだかは永井均さんが批判しているとおりかもしれませんが、古代から近代までの西洋哲学の研究者の中から、実践として「哲学」している人がそれなりに世に出ている現実と中国「思想」業界を引き比べれば、まあ答えは明らかではないかと思えてきます。

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2004.11.16

ベルギーチョコ『ドゥバイヨル』

ベルギーの有名店、らしい『ドゥバイヨル』のカフェが丸ノ内OAZOにありました。丸善の向かい1Fです。アイスクリーム・ジャンキーらしく、ベルギー直輸入アイスクリームを注文。700円と値段は高いんですが、味はおいしかったです。満足です。
チョコも買って帰りました。。。すぐに食べました。ううむ、いかんなぁ。最近、こうしたチョコをメインにしたお菓子専門店、みたいなお店多いですね。

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2004.11.15

おでん『呑喜』

冬になると一度は、本郷のおでん屋さん『呑喜』に行ってるんですが、ここ有名なんですね。白山から根津まで散歩するときに見つけて、時々行くようになって、古いマンションのテナントに入ってる割にはどうも営業は古そうだぞ、とは思っていたわけですが。

今日は授業の反省がてら、軽く飲んで帰りました。だいこん、はんぺん、たまご、すじ(魚の方)、さといも、焼きどうふ、などをビール片手にばくむしゃと食べて、最後は茶飯で〆ました。

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2004.11.14

電子ブックのなしくずしてき個人利用

ΣBookのドキュメントビューワといい、LIBRIeの各種ソフトといい、WebページやWord、Excel、PDFなどのデータを電子ブックで読めるソフトが登場したのは、当初のもくろみが大きく外れてしまったということでしょう。著作権管理による、海賊版の防止はもうこれで成立しなくなりました。
iPodと同じに、自社で取り扱うデータにおいてのみ著作権管理ができていて、それでよしとする、という立ち位置になったわけですね。個人的には、これでよかったんだと思います。

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2004.11.13

『ターンレフト ターンライト』

台湾の絵本を原作にしたラブコメ映画『ターンレフト ターンライト』を見てきました。金城武主演の恋愛映画で、都内単館上映でした。うーん、ちょっと前ならもっと大々的だったろうにな、と思うわけですが。もちろん僕は、ヒロインの梁詠琪(ジジ・リョン)目当てでした。韓流よか、ジジとか李心潔の方がずっとかわいいのに。

映画の方は、初恋の二人が大人になって再会して、また恋に落ちるのに、一度会ったっきり、ずっとすれ違ったまま会えずにいる、隣に住んでるのに、という状況をおもしろおかしく描いています。コメディリリーフの男女の邪魔が笑えるし、ジジはとってもかわいいのです。金城武もがんばってます。ラブコメとしては相当レベルが高いです。終わり方もきれいで、すっきりと無駄がありません。字幕も訳し切れてないところはありましたが、まあ及第点。
なんというか、僕はハッピーエンドが好きなので、セカチューとかイマアイよりこっちの方がいいです。悲劇は現実だけで十分です。

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2004.11.12

中華料理『わんたん・おかゆ 屏南』

わんたん・おかゆ 屏南』に行ってきました。ボリュームの割に価格は高いです。特にわんたん麺。料理の質が高ければ、それでもいいんですが、手作り感はあったものの、素人っぽい出来です。もちろんそもそも軽食なので、チープでかまわないし、味の面では合格点です。ただもう1回行くかは微妙なところです。選択肢は他にもあるわけですし。

とはいうものの、丸ノ内OAZOに姉妹店があり、こっちは何と7:30から朝食営業しているようなので、こっちはこっちで一度は行ってみなくてはと思ってしまいました。しかし、粥もいいですが、いっそ台湾式の飯糰と豆漿を出してくれないもんでしょうか。そしたら毎日でも通いますけど。

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2004.11.11

ハウルの動く城

ハウルの動く城』の試写会行ってきました。何かで応募したやつが当たったのでした。ラッキー。
キムタクハウルは言われてるほど気になりませんでした。宮崎作品屈指のかっこよさでしたね。ヒロインもかわいかったし。出てくるメカや魔法の見せ方も素晴らしい。全体的にナウシカやラピュタテイストで、非常に好ましい映画でした。

ただ、おもしろいことはおもしろかったし、素材も画も見せ方も確かにぐっとくるんですが、なんでしょう、もう15分でも30分でも長くていいから、ゆっくり見せてほしかったし、きちんと説明してほしかった(引くべき伏線が何本か引かれていなかった)です。こんだけおなかいっぱいつまってるのに、物足りなさを感じさせられるというのは、どういうことなんでしょう。ディレクターズカット希望。ないでしょうけど。
実際、ファンタジーの文法に慣れてる僕なんかは、少し引っかかりながらも脳内補完しつつ楽しめたんですが、いっしょに見た相方さんは、不満たらたらでした。よく話が分からなかったらしい。うん、そうかもしれない。

---11/23:追記---
ぱってん荒川@シネマッド日記さんとそこから跳んだeigadojo.comさんで、唐突な終わり方についての批評がありました。現実の戦争はそう簡単には終わらないからこそ、お話の戦争はこれみよがしに唐突に終わって見せた、それが宮崎監督の意地だと高く評価する、というのは、なるほどと思いました。
しかしそれは大人の評価であって、千と千尋を上回る動員数が後続くのであれば、子供の評価があるということです。それはやはり、まんが映画の動きの魅力、ということになるのかもしれません。
ただ僕なりにあの唐突な決着の付け方について、考え直してみると、あれはあれでものすごく伝統的なものです。昔話・おとぎ話の世界では、何の脈絡もなく主人公に関係してくる変な動物(動くもの、てこと)が実は呪いをかけられていた王子/王女で、最後に元の姿に戻って主人公とくっついてハッピーエンドというのはアリな訳です。そこでは事前の伏線なぞ存在しない。したがって昔話を再話するにあたって、本来なら助け役の魔法使いと主人公がくっつく話に変形した、と考えればそれで問題はどこにもないわけです。もちろんそうした古いお話を楽しむには、見る側が物語(ハリウッド的なものに代表されるような近代合理的な方の)に汚染される前でないといけない。その意味では、ハウルは実はラピュタよりもトトロに近いお話なのだと思います。ハッピーエンドって訳ね、とハウルの師匠さんがこぼすのは、昔話的予定調和に意図的に収斂させる監督のつぶやきなのでしょう。

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2004.11.10

永井均『私・今・そして神』

永井均さんの『私・今・そして神―開闢の哲学』 (amazon, bk1)を通勤の友にしてます。基本的に一ファンとして読んでます。お会いしたことはないですが、同じような問いを自分よりはるかに上のレベルで問い続けている先輩として、尊敬してますので。僕が研究の道に進むにあたっての道しるべの一つなのです。

私を意識する私を意識する私……という無限後退の問題について、僕が学部生の頃に考えた回答は、「ウロボロスの眼差し」というやつで、こうした無限後退の実態は、自分のしっぽをおいかけて堂々巡りをしている視線がただそこにあるだけ、つまりそこには、無限後退を意識する私、しかいない、というものでした。永井さんの本でいえば、無限後退している「私」は「としての「私」」として一般化されており、「端的な「私」」との間には断絶がある、ということになるでしょう。僕はそこまで考えて、納得してしまっていたのですが、こうして永井さんの本を読むとその考えにはまだまだ広がりがあることが分かります。もう少し考えてみようかな。
それに、無限後退の問題は『莊子』でも扱われてますし、中国哲学として考えてみたい気もします。
他方、最近では、学術研究の地政学的な観点から、永井さんの本の端々に出てくる学者としての発言を範としていろいろ考えたりするようにもなってます。とはいえ、あくまで大学教授としての立場をすでにもち、それにともなう職務もこなしてる上での発言であることを前提として割り引きつつ、ですが。うう、僕もずいぶんすれたもんです。
永井さんの指摘されてる西洋哲学業界の哲学か研究かどっちやねん問題は、自分が属している中国哲学業界ではもっと切実で構造的な問題ですし。マスタークラスのせんせい方でこうした問題意識を持たれてる方、少なくないはずなのに、状況はあまり改善されてないように思えます。考えさせられます。

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2004.11.09

電子書籍が飛躍できない理由

ITmediaモバイル:電子書籍は、なぜ飛躍できないのか~立花隆氏講演を読みました。
問題点は大きく二つ。
(1)端末が高い。4万円ならDVDプレーヤーが買えるし、レンタルDVDの価格を考えたら、わざわざ電子ブックに手を出すだろうか。
(2)コンテンツがチープ。紙ベースなら本棚一列は占めるような巨大コンテンツを揃えたらどうか。専門性が高ければ(法律の判例集など。僕の関係でいえば諸橋大漢和)、5万、10万でも買い手はいる。
うーん、指摘としては正しいですが、飛躍できない理由なのかと言われると、疑問です。だいたい専門性の高いリッチコンテンツを売りにするなら、端末が高くても買うし、DVDと本とでDVDを選ぶような相手になら、チープなコンテンツの方が受けがいいでしょう。個人的には、高くても専門性の高いコンテンツが欲しいところですが、電子ブックの普及という点ではどうでしょう。
ちなみに僕が考えるこうしたら普及するだろう(というかこうなってくれ)と思う理由は、
(1)電子辞書機能を大幅強化して、電子辞書の上位ラインナップにする。最近、ソニーは中国語・韓国語も含む8カ国語辞書とか売り出したりしてくれてますし、プラス何万かでそうした辞書機能だけでなく、電子ブックも、とくれば、買う人増えるんじゃないでしょうか。
(2)個人出版・非商用出版を可能にする。海賊版の流出を問題視して、セキュアな環境をきびしくしすぎでは。いや実は僕自身、そうした著作権保護機能は重要だと考えてます。しかし音楽方面でiPodにしてやられてるように、門戸を狭めすぎではないかと。程度の問題として、そこはあきらめるか、むしろ現在のブログサービスのようにして、個人出版をポータルサイトで一元管理し、問題が発生次第個別につぶしていくようにしてほしいなと思います。コストはかかるんで、現実的ではないかもしれませんが、出版に対する欲望ってけっこうありますよね。でも、紙だからこそ、なのかなあ。
個人的には、紀要類から好きな論文だけダウンロードして持ち歩けたならと思います。コピーしても結局保管に困って、けっこうみなさんスキャンして紙減らししてますよね。

※追記
おおやにきさんところで的確な指摘がありました。本をコレクションできない、というのは、つらいですね。上記僕のアイデアはデータを気に入るかぎりいつまでも保有できるというのが前提です。

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2004.11.08

老舗の焼き餃子は何故大きい?

創業50年は越えてる老舗中華店の『銀座天龍』で夕ご飯食べました。餃子8個で920円と高めですが、実は一個あたりが大きいのでこれに小ライスもあれば、満腹間違いなしです。味は普通においしかったです。いわゆる日本の焼き餃子。
そういえば、東京駅八重洲側の『泰興楼』も、創業1949年の老舗で、売りが大きな焼き餃子。味も大きさもだいたい同じでした。天龍の方が安いのでお得かも。

どうして老舗はこんなでかいのか。考えてみるに、焼き餃子の原型は鍋貼(最近よくみかけるようになった、鉄鍋棒餃子のように具材を皮でまいただけで端はとめてない)で、本場でよく見かけるサイズって、このジャンボ餃子の大きさなんですよね。こうした老舗はまずだいたい引揚者がはじめてるはずなので、あるいは元の影響が大きく残ってるんではないでしょうか。

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2004.11.07

ミイラ取り

タオの会後のみんなで食事はパスして帰ることにしたのでした。どうせ何か言われるし、言い返したくないし、ダウナー系の怒りがもやもやしていたのでとっとと退散したのでした。およそ怒りのような負の感情は、途中から怒っている自分自身が嫌になって更に負の力を増すし、そもそも自分の差配に関する不手際もあったので、自己嫌悪が増幅され、自縄自縛的な同じ失敗を過去にもやったことがあり、成長してない自分に更にむかついたりと、行き場のない感情をもてあました次第です。
政治的な判断では、それではなお自分の立場が悪くなるわけですが、この怒りに関わる何人かの人たちはそもそも自分の研究を評価してくれてなさありありなので、政治的なポイントを稼ぐというのは本末転倒だし、別にいいやと投げ出したのでした。マジメに研究しろってこった>自分。

実際のところ、大幅にやる気がなくなっていたわけです。それで差配の不手際が許される訳もないんですが、しかしこちらだけの問題かよ、とも正直思います。そもそも先方の担当が不明瞭のままで直接連絡もないのにもってまわったおしかりを受けたり(やるなら会場はあります、って今年も絶対やりましょうという意味に受け取らないといけないのか?)、会とは関係ないと言い切るのに勝手にやるやらないを決めるなとか連絡もしてこないのにおこられたり等々こっちだけの不手際じゃなかろうに的な事態であったし(そもそも去年はちゃんとやったぞ、僕。って別に僕は手伝ってただけだけど)と、前後していろいろあって振り回され(いやほんといろいろあった)、その時点からダウナー系の怒りがたまっていたのは事実。

しかし、どうして腹立たしいのかと考えてみると、ようするに結局のところ、ミイラ取りがミイラになっているのが気にくわない、というのが適切かもしれません。

そもそも、もっと自由な討論の場をということで、学会とは別に若手の集まりで研究会が作られたそうです。院生のときに僕は入会させてもらって、すごく衝撃を受けたのでした。いろいろ人間関係はあるにせよ(というのは後で徐々に知った。興味ないので気にしなかったし)、初学者の一歩手前にいる人間であっても姿勢として対等に扱ってくれるのがとてもうれしく、ああいつかはこういう研究者になりたい、と思ったものでした。けっこう意識して「先生」でなく「さん」付けで呼ばせてもらったりとかして、そういう気恥ずかしさとかがまたうれしかったりして。
幸いにもその後入ったいくつか別の研究会でも、だいたい自由な雰囲気で教授だからどーとか院生だからどーとかはなかったです。運が良かった訳です。もっとも師と弟子、先輩と後輩、といった関係性が不要だとは今ではもちろん考えてないです。オン(オフィシャルな学会やシンポ)とオフ(オープンな研究会やML)は陰陽のように相互補完されて十全に機能するものでしょう。尊敬できる師匠や先輩がいてくれることで、直接間接に学ぶところが多く、具体的な目標ができ、向上心を高めることができるのですから。

しかし、研究会が明らかに複数世代になって権力関係ができた(先生と学生の関係が発生してきたとか、仕事を紹介したりされたりとか)からといって、オフがオンになる、というのはどうかと思う訳です。だいたい設立趣旨は若手の自由な議論の場だったはずで、自分が上に立つようになってくると、方向転換してしまうのは本末転倒じゃないの?と。それは学会でやるべきことなんですよね。道文研をミニ学会にしてどうしたいのでしょうか。自覚してそうしてるのかどうかは知りませんが、何だかなと思います。どうやらここが自分の怒りの根っこですね。
仲間うちの都合とかそういったレベルでの話でなら、怒りよりも先に、お世話になってるし何とかしなきゃという気持ちが出てくるもんで、事実最初はそんな気持ちだったんですが、非常に甘い認識でした。そうじゃない理由をどしんどしんと負わされたわけです。

まあ、若輩者が後から入って偉そうになんやかんや言うなするなと言われれば、まったくもってその通りでございまして、異論などあろうはずもございません。余計な口など叩かず静かに文献読んで研究に没頭いたします。「先生」には失礼しました。頓首。みたいな。

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2004.11.06

道教学会@大阪市立大

道教学会に行ってきました。いろいろあって午後からの参加。書店さんところでよせばいいのに数万円分の散財をしました。

発表の方は、横手せんせいと三浦せんせいを聞けて幸せでした。自分の専門で言うと、横手せんせいの「「元神」初探」の方が思いっきり関係しています。的確なコメントとそうでないコメントと両方ありました。僕もきちんと長いスパンで見るようにしないといけないなあと反省しつつ、荒木せんせい的本来性-現実性の強力な枠組みから頼りつつも距離をとらないと、問題の本質から遠ざかりかねない、と発表とは関係ないところで思ったのでした。

夜の懇親会は出ないで早めに帰りました。飲んでる場合じゃなかったので。もったいないことしました。

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2004.11.05

沖縄コンビニ『美々ステーション』

みんなおいしいの中に沖縄コンビニと称して、沖縄県特産の品々を扱っているお店がありました。お店の品揃えはわしたショップに負けてませんでした。新幹線に乗るときにおやつや駅弁がわりにここに寄るとよいのかも。

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イタリア丼「ドン アル ポルト」

八重洲北口のみんなおいしいですが、けっこう並んでるところが目立ったので、えいやっと入りました。テレビで取材してたのが頭の片隅にあったからだったんですが、ええと、失敗でした。
パスタの具とかイタリア料理っぽい具材をのっけた丼で、いや味はまあおいしかったです。が、値段高過ぎです。最低ラインが1,260円ですよ。丼がメインメニューで内装も安手のカフェ風ですし、全体的な内容からして1,000円以下が妥当ではと思いました。

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八重洲北口みんなおいしい

東京八重洲北口の駅食堂街が、「みんなおいしい」と銘打たれてリニューアルオープンしていたので行ってきました。銀座や東京駅は通勤途中なので、仕事帰りに夕御飯を食べて帰ることが多く、お店が増えるのはうれしいかぎり。テナントを見たところでは、テレビなどで紹介もされたことがあるくらいは有名だけど、流行りの再開発系とは一味違うラインナップとなっていて、駅のすぐ側という立地からするとポイントは高いかもしれません。1,000円以下で食べれるお店がけっこうありましたが、中には高めの価格帯で勝負している店もありました。といっても丸ビルほどではないです。気になる店もけっこうあるので、ちょくちょく行こうかなと思ってます。ミーハーですなう。

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2004.11.03

山口県萩物語

日テレのズームインSUPERで1日からずっと特集されていました。今日気付いて、ついつい見ているのですが、しかし、いつのまに我が故郷は「水の都」になったのか。。。

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