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2005.01.19

「思想としての日本中国学」史

相方の教科書問題研究に触発されて、構想中というか妄想中。僕自身は、中国哲学研究の分野から、訓読問題をてこに切り込もうと思っていたわけですが、なかなか進まず、目下挫折中。やはりやるんなら直接本丸を攻めるべきなのかもしれません。中国文学研究の方がやりやすいのは確かかなあ。
相手がどう感じるかというせんしちぶな問題なので、結局は喧嘩を売っていると認定される可能性は高いものの、論として業界仕様内向きの批判になると、学としての発展性はないわけで、以下に先人の研究を継承するか、という敬意を常に意識する必要があるでしょう。その意味で、研究史ではなく、思想史をやるのだ、と見得を切りつづけないといけないように思います。

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