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2005.02.05

マジックリアリズムとしての『カンフーハッスル』

ようやく『カンフーハッスル』を見てきました。いやもう、最高。ガチンコカンフーアクション好きでも、CGワイヤーアクション好きでも、ごちそうさまげふ~な一粒で二度おいしいアクション娯楽大作でした。
ドラゴン的カンフー映画に、金庸をはじめとする武侠小説をつなげ、日本の格闘マンガで演出するというかなりキている映画です。
まあそのあたり僕も決して詳しいわけではないのですが、大切なのは、全体の物語が、史実or現実ベースのカンフー物から次第に何でもアリの武侠物へシフトアップしていく構造になっているところを理解できてるかどうかにあると思います。最低限ここが理解できるくらいの知識は備えておかないと、この作品の核心には届きません。いやもちろん単純に楽しめます。が、ぐっとは来ないでしょう。
現実の武術家をフィクションの武術家が凌駕する、というところが、この映画でぐっとくる根っこの部分なんだと思うんですよね。主人公に「秘伝書を授ける」老人が、最後にまた登場したときに金庸の武侠ものの必殺技をずらりと並べてみせるあたりが、実に象徴的です。ようするにこの映画は、子供の頃、かめはめ波やキン肉バスターの練習を本気でやっていたら(あるいは魔球の練習を本気でしたりとか)、本当にできた/強くなっちゃったというお話なんですね。いやもう強くなりたいと夢を見ていた少年の魂に直撃ですよ(この物語の構造は、そのままチャウ・シンチー自身のブルースリーへのオマージュに重なるわけですが、それはそれ)。
最後のばかばかしいほどの対決は、だから、シリアスな武侠片としてだけでなく(武侠片の世界においてはいたって物語としてマジメなんですよ、あの展開)、おバカなアクション映画としてだけでなく(まあ武侠片を背景に共有してない人はこっちでしょう)、ある種マジックリアリズム的な物語としても成立しているんですね。すごい映画だと思います。

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