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2006.03.03

老子3章と八卦掌

~書きかけ~

さて、講習会での老子トークの続き続きです。41章の一節を引かれた後に、李老師は以下の言葉を続けられていました。

不尚賢,使民不爭。不貴難得之貨,使民不為盜。不見可欲,使民心不亂。是以聖人之治,虛其心,實其腹,弱其志,強其骨;常使民無知、無欲,使夫智者不敢為也。為無為,則無不治。 (第3章)

其の心を虛しくし、其の腹を實たす[1]。其の志を弱くし、其の骨を強くす[2]

[1]
(1)「心者規也。中有吉凶善惡。腹者道嚢。氣常欲實。心爲凶惡。道去嚢空。空者耶入。便{急攴}人。虚去心中凶惡。道來歸之。腹則實矣。」
(2)「心懐智而腹懐食、虚有智而實無知也。」

[2]
(1)「志心に隨ひて善惡有り。骨腹に隨ひて氣を仰ぐ。志を彊ひて惡を爲さば、氣去り骨枯る。其の惡志を弱めれば、氣歸り髓滿つ。」(志隨心有善惡。骨隨腹仰氣。彊志爲惡。氣去骨枯。弱其惡志。氣歸髓滿。)
(2)「骨知る無くして以て幹たり、志事を生みて以て亂たり。」(骨無知以幹、志生事以亂。)

心や情念を静め腹に気をため骨に髄を満たすことが聖人の治、つまり道であるということですが、これはほとんど走圏で要求されている内容に等しいわけで、八卦掌で行うべき道、それは走圏だということなのでしょう。老子原文では政治の例えとして使われていますが、例えに使われるということは、身体観として当時すでに定着していたものだったのでしょう。
もちろん、上半身を虚に下半身を実に、という考え方は八卦掌に限らない伝統的な身体観にもとづくものです。李老師自身、どんな運動でも走圏で求められているものと同じ要求をもつものではあれば、それは良い運動であると言われてました。もちろん、そんな運動、そうはないわけですが。

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