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2006.04.22

民国初中期の八卦掌拳譜

道文研例会での発表予定。ただいま準備中。いつもながらいきおいだけなのが心苦しいのですが。実践面での蓄積はまだまだなので、とりあえず文献面のアプローチからいってみます。基本は大切さあ。

で、ホントにいきおいだけの発表になってしまい、反省。まずレジュメの作り方からダメだしをされました。突貫工事で作ったのでいたらなかったという問題ではなく、聴き手のことを考えるレジュメ作りが身体化されてないから、追い込まれて馬脚が出るのだということなんですよね。だからもっと早くから準備しようという反省はしないのだあ(その反省は過去「何度」もしていてあまり成果が見られないため)。そのかわり切羽詰まってるときでも常に聴き手目線でレジュメを構成できるように心がける方向で反省しております。

それはともかく、発表の構成は以下の通り。


1.はじめに
+八卦掌:いわゆる内家拳の一つ。
 cf.太極・形意・八卦の三家。
+中国武術:現代日本社会に影響のある「道教」的なものの一つ。
 cf.風水・易占・気功・太極拳
+思想研究でも可能な参与観察として。
 cf.内丹・気功・房中術
+現地調査のハードルが高め
 →「やって」みないと分からない。習得に時間がかかる。
+日本での実践が容易。
+党派争いから如何に距離を置くか。
 
2.八卦掌の概要
(1)八卦掌簡史
+董海川(約1813-1882)を開祖とする。
+道士に習ったという伝説
 *「陰陽八盤掌」を元に河図・洛書の易理によって理論化した。
 *「転天尊」という功法をもとに編み出した。
  →『七真言行伝』に丘處機によって「洞窟の中を止まらずぐるぐる回る」修練法として言及。(張方2004) ※未詳

→資料:松田1976・『八卦拳真伝』・『拳意述真』

(2)八卦掌の拳譜
+民国初中期の拳譜
+孫福全『八卦拳学』 1916年序
+孫福全『拳意述真』 1923年序
+黄柏年『龍形八卦掌』 1928年序
+徐哲東『国技論略』 1929年序
+金恩忠『国術名人録』 1933年序
+孫錫堃『八卦拳真伝』 1934年序
+盧景貴『曹氏八卦拳全譜』 1942年序 ※序によれば馬貴→曹鐘昇。ただし伝記落丁。
……
→資料:張全亮2005

+拳譜の再刊
秘書集成:技撃類 団結出版(中国) ※影印
古拳譜叢書 山西科学技術出版社(中国) ※影印
武備叢書 逸文出版(台湾) ※活字・注釈付

(3)八卦掌研究
日本:
+MAGAZINEPLUSで1件のみヒット。ただし魯迅研究。
 cf.渡辺宏明「魯迅と八卦掌」、法政大学教養部紀要103、1998年
+太極拳では103件がヒットするが、一般誌か保健体育学方面。思想史的考察はわずか。
+上記に含まれていないものとしては、「うーしゅう」(現在停刊)など中国武術専門誌の記事があるが、こちらは調査中。
+参考文献にあげた概説書や通史研究は存在するが、八卦掌の扱いは高くはない。
+太極拳に関しては、三浦2000において文献学的アプローチによりその伝統思想との関係が論じられている。
中国:
+CNKIで292件ヒット。ただし専論に限定されない。大半が武術専門誌に掲載されたもの。思想史的考察はやはり少ないが、。
+太極拳では4,051件ヒットと、圧倒的に差がある。
+概説書としてだが、郝勤1997において道教との関係が論じられている。
台湾:
+期刊文献検索で16件ヒット。八卦掌の歴史や思想等を論ずるものもあるようだが、ほとんど武術専門誌。
 
3.八卦掌の特徴
(1)各拳譜の構成比較
+『龍形八卦掌』
+『八卦拳真伝』
+『曹氏八卦拳全譜』

→資料:『龍形八卦掌』・『八卦拳真伝』・『曹氏八卦拳全譜』

(2)太極・形意・八卦の相互比較

→資料:『拳意述真』・『国技論略』
 
4.八卦掌と内丹
+拳譜にみる内丹の位置付け
+武術の基礎
+内丹を内功、武術を外功として内外双修を謳う。

→資料:『八卦拳真伝』・『拳意述真』
 
5.おわりに
今後の展望
+参与観察の成果報告
+拳譜の比較による掌法の構成を分析
+同時期の日中の状況とあわせて検討→心霊学・気功
 cf.合気道:植芝盛平(1883-1969)、調和道:藤田霊斎(1868-1957)

→資料:笠尾1994・『国術名人録』

+現代のスピリチュアリズム(とその研究)への接続

付:馬貴派八卦掌における考え方
+走圏の修練は内丹の錬功(周天法)と同じ
+八卦の理論は後付け
 
参考文献
松田隆智、『図説中国武術史』、新人物往来社、1976年
笠尾恭二『中国武術史大観』、福昌堂、1994年
郝勤『道教與武術』、文津出版社、1997年
林伯原、『近代中国における武術の発展』、不昧堂出版、1999年
三浦國雄、「太極拳と中国思想―『陳氏太極拳図説』を読む」、石田秀美編『東アジアの身体技法』、勉誠出版、2000年
張方「八卦掌源流考」、精武2004年9期、2004年
張全亮、『八卦掌答疑 関於「八卦掌」の百科全書』、新潮社(台北)、2005年


今回も多分に見切り発車で、アカデミックな研究として構成できるかという方法論のレベルですでになやましいという困った状況で、助けを請うような意味合いのもので、あたって砕けた感はありますが、得たものは大きかったです。感謝感謝。

以下は、内容に関してのいただいた示唆を順不同でメモ。

『七真言行伝』は章回小説の『七真伝』の可能性がある。

 →清朝のもので新しく、相当流布した。一般の七真イメージの形成はここから。
 →現在でもこれを読んで入道を決意した人がいたりする。
 →現在でもこれを使って信徒に説法を行ったりもする。

『易筋経』は現在でも道観で実践されている。
「国術」「国技」という言い方は当時のナショナリズムの反映では。

 →京劇も「国劇」と言い直したりしたのもこの時代。

『八卦拳真伝』の道功は通俗内丹では。

 →先天道と術語がかぶっている印象。白蓮教周辺の語り口とまず比較
 →趙避塵については東大の横手せんせいが専論を最近書かれたけど、公刊はまだ

全真教にしろ、白蓮教にしろ、一般的なイメージと異なって実態は様々なので個別具体的な検証が必要。

 →他称されているが実際は違うとか、自称しているが実際は違うとか。

義和団関係の研究資料を抑えるべき。

 →佐藤公彦『義和団の起源とその運動』、研文出版、1999年
 →山東大学歴史系中国近代史教研室編『山東義和団調査資料選編』、斉魯書社、1980年

宝巻の世界観重要。

三浦せんせいのスタイルを参考にしつつとなると、文献学的なアプローチでは『八卦拳真伝』に限定して議論を進めた方が論としてはまとめやすそうです。横手論文に超期待という他力本願の方向で(でも跡地にぺんぺん草ひとつないすげえ論文になってそうなのがコワイ)。実際、拳譜間の比較はそもそも僕自身が一通り基礎的な掌法を習わないかぎりはおぼつかないし、そうなるとあとまあ2,3年はかかります。のんびり論文書いてらんないので、できるところからやらないと。。。
また、(業界的な文脈で)発展的な主題の選び方かつ自分の興味に合致する方向でとなると、やはり催眠術や心霊学と絡めて論じていくのが楽しそうです。「身体論」みたいな方向になるんでしょうか。それってマジックワードじゃない?との指摘は懇親会でもされましたが、僕自身もかつてはそのように考え、「身体」とか「心身」とかで論を立てることを忌避してたのですが、そこはそれ、最近は分かりやすさ重要=目指せ科研費獲得(爆という戦略性も大切かと思い直しているところです。。。そうか、ここで「臨床」だ!
当面はいろいろ示唆いただいた課題をできる範囲でクリアしつつこの二方面で研究をすすめていこうかと思った次第。このあたりは八卦掌の大師兄にすげえ詳しい人がいるので、教わることが多くなりそう。わくわく。
大論文は無理でも、ジャブを重ねていくつもりです、はい。

追記(5/21):横手せんせいの論文って、前に出ている「劉名瑞と趙避塵--近代北京の内丹家について」(東洋史研究61(1)、2002年)と違うのかなあ。とりあえずここからチェックかしらん。

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