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2006.04.20

インターフェース人文学

はかとも/無縁のほうこうで、川村邦光編『文化/批評』2006年冬季号:【特集】∥憑依の近代とポリティクス∥を知って、読みたーいと川村研究室に跳んだところ、大阪大学のCOEに「インターフェース人文学」というのを発見しました。いまさらかよ。いやいや、それで単純だから人文工学的ネタだろうかわくわくとサイトを見てみると、期待とは微妙にずれていました。「インターフェース」の意味は、

インターフェイスは二重の構造を持っている。一つは異なる複数の文化の間の接触、摩擦、交差を国家、地域を超えた視点で見る「横断的な知」、もう一つは研究者と現場、専門家と一般市民などの非専門家をつなぐ「臨床的な知」である。

とのことだそうで、どちらも志としてはものすごく首肯できるもので、発表が終わったら中をじっくり読もうと思ってるんですが、しかし「臨床」って何だかマジックワードみたいでちょっとなあと嫌な予感もあり。だって、実態はともかく、
日本の哲学界で唯一、文献研究型から脱却してケアや教育の現場との強い連携を保ちながら哲学の社会化に取り組む大型プロジェクト「臨床コミュニケーションのモデル開発と実践」

みたいなスローガンを掲げられると、何だか文献研究が悪者にされてる感じがします。「脱却」ですって、奥様。いやですわねえ、おほほほ。。。被害妄想ですかね。

ちなみに言うまでもないことながら、儒学なんて、もともと古典を読んで今の問題を解決するのが本義だったんですから、中国哲学に関して言えば、それは本来的に「臨床」であり「生活科学」であったわけです。だから問題は文献研究という手法ではないのです。

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コメント

マジックワード・・・・・・文○省の金庫を開けるための「ひらけゴマ」が、「国際」「学際」「環境」なぞから「臨床」へとシフトしつつあるのかと。人文学だけじゃなくて、本家の工学あたりでも「臨床」(まぁ「現場」ですな)とか言い出しているみたいですし。
期待に沿うようなプロジェクトをつくるために、それこそカケン費申請でも相談します?

投稿: monodoi | 2006.04.21 10:49

科研費申請しましょう!おー!
# 今年度のが落ちたので(涙)。
# そういえば、ぱーどれの番号も用意しないとね。

投稿: もろ | 2006.04.22 17:04

科研費、いいですね!
じゃあ臨床歴史学で!!(爆
。。。と書いて、念のためググったらホントに言ってる人がいました。
http://www.google.co.jp/search?q=%E2%80%9D%E8%87%A8%E5%BA%8A%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%AD%A6%E2%80%9D
しかも元は養老センセイです。
ちなみに臨床古典学もありました。ふはっ。
でも、対外啓蒙的なものでない、方法論的な臨床の人文学がやりたいので、科研は是非それで。問題はネーミングですね。
あるいは心霊学や武術とかで、「20世紀初のフィクションとしての身体」とか、ダメ?

どっちにしても番号お願いしまーす。>もろさん
あと今年度もありがとうございます。メールしようと思ってたけど、コメント欄で御礼申しあげます(^^ゞ

しかし、科研費向けの呪文だと気づかないなんて、僕もバンコランが浮気していないと思うくらい甘いですね。反省しました。>monodoiさん。

投稿: ぱーどれ | 2006.04.22 23:18

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