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2006.05.04

神と眼差し

黄金週間妄想落ち穂拾いの2。

神といっても、神様、のことではないです。いわゆる精神の神、つまり人間を構成する三大要素、精・気・神の神について少し考えてみます。神様と精神がどっちも神なのは、天人相関の思想によっているからで、自然界においてもっともすぐれて霊妙な存在/構成物である神様(まあ一神教的な神ではないわけで、だから構成物といってもよいかと)の、相応する人体における構成要素がもっともすぐれて霊妙な働きをする精神、なわけです。霊魂との関係はというと、たぶん出自は別の文化ではないかと思うのですが、魂魄、清らかで天に帰る魂と濁っていて地に帰る魄は、それぞれ神と精に対応していて、その間に気がある、という二重のランドスケープになっているのかしらん。ちょっとテキトーすぎますかね。
ともあれ、中国哲学における、近代的自我/意識/「僕」って何?の問題は僕にとってかなり最初からの問題で、そもそも大学院に進んだのはそれをやりたかったからなんですが、何故か道教研究に足を踏み入れ、迷いながらもいくつかアイテムをゲットしてまたクエストに再挑戦といった感があります。ま、実際、そのまま単純に玄学や宋学をやらなくてよかったと思ってます。おそらく道教を学ばなければ、西洋哲学の移し鏡にしか過ぎないような哲学っぽい議論しかできなかったでしょう。

ところで、問題は、ここに意と志を放り込むとどうなるのか。意は意識、志は意志、これが神、つまり精神とは別のものということになっています。近代的自我とかいうやつ(およびそれ以降の「僕ってなあに?」)だと意識がかなり重要なはずだけど、中国の身体地図では存外意というのは重要だけどあくまでサポートのようなもの。精神と霊魂は違うということになるんでしょうかね。とりあえず神は意よりも上位にある、というかレイヤーがどうも違います。
修養法では、「煉精化気」「煉気化神」「煉神還虚」とかいいます。精とは精液とかようするにどろどろとした生命力のエッセンスそのもの、可視的です。これを気に変換し、さらに神に変換し、自分の身体全ての物質/存在としての純度を高めていって、最終的に、道、つまり宇宙と一体となる。これが内丹と呼ばれる道教錬金術の一般的な考え方です。こうなると神というのも目には見えないが、何かしらの物質/存在と見なされていることはまあ間違いないところで、ぶっちゃければ神も気の一様態であるといったところでしょうか。
では意はというと、よく分からない。意念≒意識の使い方が修行において大事なのは確かですが、ではその意そのものが身体地図の中にどう位置づけてあるのか、ちょっと微妙なところです。意は心の作用ですから、心臓の気の働き?いやもっと重要な役目を果たしていますが。。。

まあそのへん、まだ勉強不足なわけですが、気になるのは、じゃあ結局、神って何か?ってことだったりします。はっと思ったのが、これがまた八卦掌の練習に際しての、李老師の説明振りです。単換掌という技を繰り出すときに、意念は常に下半身というか丹田においているが、神は技の出る方向、視線の先に向くんだといったようなお話をされました。食事の席で神とは何ですか、という更なる問いに対して、答えるのは難しいが、例えば、有名な書家の真筆とコピーとを見比べたとき、真筆には神が発せられているのを感じる、そういうものだといったようにお答えになりました。無茶な質問だったので、答えもまたはっきりしないのは仕方ないんですが、僕が注目したのは、技の説明でも書の説明でも、指先でどこかしら方向を示しつつ説明をされていたことです。そう、神、とは眼差し、なのです。では意は違うのかというと意念は何かしらもっと内部感覚的なもの、内を向いていて必ずしも視覚には頼ってない(ありありと見える方がよいことは確かでしょうけど)。神は外部に向かって発せられる視覚を強くともなう感覚と言えるのではないでしょうか。

してみると、神こそが、まさしく「僕」そのもの、近代的自我とか意識とかの根っこにあるもの、と言えるのではないかと思うのです。初源の眼差し。自我はその眼差しが自身をみつけるところからはじまります。ウロボロスの回転が自我/意識/心を生む。がそれは自己の内に囚われた意識。しっぽを離して解き放たれる一条の龍、その眼差しこそが、神、なのでしょうか。。。

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